雄略天皇22(478)年【倭王武が上表文を宋へ献上した年に浦島太郎がデビュー!】

時代

古墳時代

天皇

【代数】 第21代
【天皇名】 雄略天皇

政体

朝廷

【大臣】 平群真鳥
【大連】 大伴室屋
物部目

雄略天皇22(478)年の出来事

出来事
  • 雄略天皇22(478)年
    正月元日
    白髪皇子、立太子。
  •  
    7月
    瑞江浦島子が仙境へ行く。

まとめ

この年、日本人なら誰でも知っている有名人「浦島太郎(浦島子)」が日本史デビューを果たす。

浦島太郎(浦島子)
(浦島太郎)

『日本書紀』は、瑞江浦島子は丹波国余社(与謝)郡管川の人と伝える。

ここで言う丹波国とは後の丹後国のこと。丹後国は、奈良時代になって丹波国から分かれて置かれる。

浦島太郎(浦島子)は、船に乗り海へ出て沖合で釣りをしていたところ、巨大な亀を釣り上げる。

すると、その亀が美女に姿を変えたので、浦島太郎(浦島子)はその美女を妻とし一緒に海中へ入り、蓬莱山へ至って仙境を見て回ったと言う。

助けた亀にまたがる浦島太郎の姿は有名だが、実際は、亀から変身した美女にまたがる浦島太郎だった。

なお、『日本書紀』には、亀から変身した艶めかしい美女を見ているうちに浦島太郎がムラムラし、

『感りて婦にす』

(『日本古典文學大系67 日本書紀 上』坂本太郎 家永三郎 井上光貞 大野晋 校注 岩波書店)

と割りと露骨に記述されている。

なお、亀から変身した美女の名前を『風土記』では「亀比売」と伝える。

そして、この年、倭史上(日本史上)において、もうひとつ重要な出来事があった。

それは、宋に対して「倭王武の上表文」が送られたことである。

この有名な上表文は『宋書』の中の「夷蛮伝倭国」に昇明2(478)年の出来事として収められている。

この上表文の中で倭王武は、

『東は毛人を征すること五十五国、西は衆夷を服すること六十六国、渡りて海北を平ぐること九十五国』

(『魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝』中国正史日本伝(1)石原道博 編訳 岩波書店)

と上表している。

この上表の結果、倭王武は、

『使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍』

(『魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝』中国正史日本伝(1)石原道博 編訳 岩波書店)

として、宋の皇帝・順帝から認められ、中原から遠く離れた東の辺境地を治める臣下として封じられている。

現在では、この倭王武をオオハツセノワカタケ大王(雄略天皇)に比定する説が有力である。

ただし、倭王武をオオハツセノワカタケ大王(雄略天皇)に比定するには、「武」を「タケ」と訓読みすることが当時(古墳時代)の倭(日本)で有り得たのかどうかと言う大きな問題がある。

倭王武は、雄略天皇の和風諡号「大泊瀬幼武天皇(『日本書紀』)」と「武」が共通する等から同一人物と比定される傾向がある。

雄略天皇22(478)年の覚え方とポイント

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