建暦元(1211)年【転々とする八条院領】

時代

鎌倉時代

天皇

【代数】 第84代
【天皇名】 順徳天皇

順徳天皇
(「順徳天皇像」宮内庁三の丸尚蔵館所蔵 Wikimedia Commons)

太上天皇

【太上天皇名】 後鳥羽太上天皇
土御門太上天皇

後鳥羽天皇
(「後鳥羽天皇像」水無瀬神宮所蔵 Wikimedia Commons)

土御門天皇
(「土御門天皇像」宮内庁三の丸尚蔵館所蔵 Wikimedia Commons)

政体

幕府

【征夷大将軍】 源実朝
【執権】 北条義時
【政所別当】 大江広元(中原広元)
【侍所別当】 和田義盛
【問注所執事】 三善康信
【京都守護】 中原季時

朝廷

【関白】 近衛家実
【太政大臣】 空席
【左大臣】 藤原隆忠
(9月22日辞任)
九条良輔
(10月4日から)
【右大臣】 九条良輔
(10月4日まで)
徳大寺公継
(10月4日から)
【内大臣】 徳大寺公継
(10月4日まで)
坊門信清
(10月4日から 関東伝奏兼任)
【大納言】 九条兼良
(正月18日辞任)
三条公房
中山兼宗
(10月4日から)
【権大納言】 中山兼宗
(9月20日辞任)
鷹司兼基
久我通光
藤原公経(西園寺公経)
九条道家
二条定輔
(正月18日辞任)
大炊御門師経
(正月18日から)
九条良平
(正月18日から)
坊門信清
(9月20日から
10月4まで)
【中納言】 大炊御門師経
(正月18日まで)
藤原家経
(正月18日辞任)
源通具
(10月4日から)
土御門定通
(正月18日から)
【権中納言】 九条良平
(正月18日まで)
源通具
(10月4日まで)
日野資実
(10月2日辞任)
四条隆衡
源雅親
土御門定通
(正月9日まで)
藤原長兼
(10月2日辞任)
藤原仲経
(9月8日辞任)
姉小路公宣
(正月18日から)
坊門忠信
(正月18日から)
葉室光親
(正月18日から)
山科教成
(9月8日から)
藤原忠房
(10月12日から)
滋野井実宣
(10月12日から)
【参議】 姉小路公宣
(正月18日まで)
藤原長房
坊門忠信
(正月18日まで)
滋野井実宣
(10月12日まで)
葉室光親
(正月18日まで)
源有雅
藤原公清
山科教成
(9月8日まで)
藤原頼平
藤原親兼
(正月18日から)
藤原範朝
(正月18日から)
西園寺実氏
(正月18日から)
藤原顕俊
(9月8日から)
坊門隆清
(10月2日から)
正親町三条公氏
(10月2日から)
【関東申次】 坊門信清(内大臣兼任)

建暦元(1211)年の出来事

出来事
  • 承元5(1211)年
    正月5日
    源実朝、正三位。
  •  
    正月22日
    藤原立子、中宮となる。
  •  
    閏正月
    後鳥羽上皇、熊野参詣。
  • 建暦元(1211)年
    3月9日
    「建暦」と改元。
  •  
    6月2日
    実朝、急病に倒れる。
  •  
    6月21日
    八条院(暲子内親王)、薨去。
  •  
    6月26日
    守護・地頭に対して、東海道新駅の設置を命じる。
  •  
    7月4日
    実朝、『貞観政要』の学習を始める。
  •  
    9月22日
    源頼家の遺児・善哉、出家する(公暁)。
  •  
    10月13日
    実朝、鴨長明と対面する。
  •  
    11月3日
    永福寺惣門、焼失。
  •  
    11月8日
    春華門院(昇子内親王)、薨去。
  •  
    11月
    後鳥羽上皇、熊野参詣。
  •  
    12月27日
    幕府、駿河・武蔵・越後等に大田文の作成を命じる。
  •  
    12月
    法然、帰京を赦される。

まとめ

正月、藤原立子が順徳天皇の中宮となる。

立子の父は、九条良経である。

3月には、改元が実施される。

6月、源実朝が急病となり、鎌倉は一時騒然となった。

『将軍家俄御不例、頗有御火急之氣』

(『吾妻鏡』国立国会図書館デジタルコレクション)

同月、八条院(暲子内親王)が薨去する。八条院は、鳥羽天皇の皇女で、生母は美福門院得子(藤原得子)である。

病気から回復した実朝は、7月より『貞観政要』の講義を受け始める(11月に受講は完了)。

9月には、2代将軍源頼家の遺児である善哉が、定暁の房で出家し、法名を公暁とする。

『金吾將軍若宮善哉公於定暁僧都室落飾給、法名公暁』

(『吾妻鏡』国立国会図書館デジタルコレクション)

10月、実朝は、鎌倉に下向して来た鴨長明と対面する。長明は、源頼朝の命日に、永福寺で詠歌している。

翌11月、その永福寺の惣門が焼失する。

6月に亡くなった八条院から莫大な天皇家(皇室)領「八条院領」を相続した春華門院(昇子内親王)が、11月、薨去する。

春華門院は、後鳥羽上皇の皇女であり、「八条院領」は、前年に即位したばかりの順徳天皇が相続することとなる。

《後鳥羽上皇との昇子内親王・順徳天皇》

九条兼実
 │
 ┝━━━任子
 │    │
藤原兼子  │
      │
      ┝━━━━昇子内親王
      │
高倉天皇━後鳥羽上皇
      │
      ┝━━━━順徳天皇
高倉範季  │
 │    │
 ┝━━━重子
 │
平教子

12月、流罪に処されていた法然が帰京を赦される。

建暦元(1211)年の覚え方とポイント

実朝は、『貞観政要』を人にイチイチ(1211年)尋ねる