治承元(1177)年【太郎焼亡!鹿ケ谷事件!崇徳天皇を鎮めるべし!】

時代

平安時代

天皇

【代数】 第80代
【天皇名】 高倉天皇

高倉天皇
高倉天皇像(宮内庁三の丸尚蔵館所蔵 Wikimedia Commons)

治天の君

【法皇名】 後白河法皇

後白河天皇
後白河法皇像(宮内庁三の丸尚蔵館所蔵 Wikimedia Commons)

政体

朝廷

【関白】 藤原基房
【太政大臣】 藤原師長
【左大臣】 藤原経宗
【右大臣】 藤原兼実
【内大臣】 藤原師長(3月5日まで)
平重盛(3月5日から)
【大納言】 源定房
平重盛(3月5日まで)
藤原実定(3月5日から)
【権大納言】 藤原隆季
藤原実房
藤原成親(6月1日捕縛)
藤原実国
藤原邦綱(4月24日から)
【中納言】 藤原邦綱(4月24日まで)
藤原宗家
【権中納言】 藤原兼雅
平時忠
藤原資長
藤原忠親
藤原成範
平頼盛
源雅頼
藤原実綱
平宗盛(正月24日から)
【参議】 藤原朝方
平教盛
藤原実家
藤原家通
藤原実守
藤原頼定
藤原実宗
藤原長方

治承元(1177)年の出来事

出来事
  • 治承元(1177)年
    3月5日
    平重盛、内大臣。
  • 3月6日
    源為朝、自刃。
  • 4月28日
    『太郎焼亡』。
  • 5月29日
    『鹿ケ谷の謀議』発覚。
  • 6月1日
    藤原成親等、捕縛される。
  • 6月3日
    俊寛等、捕縛される。
  • 6月6日
    高倉第、焼失。
  • 7月29日
    「崇徳院」号を追贈。
  • 8月4日
    「安元」から「治承」に改元。
  • 8月22日
    後白河法皇、崇徳院の供養に御八講を修す。
  • 10月27日
    地震で東大寺に被害が出る。
  • 12月12日
    蓮華王院、五重塔落慶。

まとめ

平清盛の子である平重盛が内大臣に就任し、後白河法皇と平氏との安定を図る。

その一方で、京では大極殿や内裏等が焼失する大規模火災の『太郎焼亡』が発生。京域の中枢部が焼け野原となり、数千人が焼死する。

太郎焼亡イメージ

さらに、清盛の追い落としを企む『鹿ケ谷の謀議』が発覚し、政治犯として藤原成親・藤原成経・藤原師光・俊寛等が捕縛され処罰される(『鹿ケ谷事件』)。

この年は、平清盛を始めとする平家一門に対する政変計画の発覚や、大火災や地震、京内での強盗が続出する等、極めて不穏な一年となった。

そこで、先年の『保元の乱』に関連し讃岐国へ流罪に処され、無念の内に亡くなった讃岐院の魂を慰撫し鎮めるために改めて「崇徳院」の諡号が贈られている。

崇徳天皇
崇徳院像(宮内庁三の丸尚蔵館所蔵)

治承元(1177)年の覚え方とポイント

太郎ちゃんは消防車が大好きで(『太郎焼亡』)、お獅子が谷くんは大好き(『鹿ケ谷事件』)、いいなぁ名(1177年)前は崇徳院!