忠臣【日本史上たった一人のための官職が爆誕!】

忠臣について

【表記】 忠臣
【読み】 ちゅうしん
【時代】 奈良時代

忠臣とは

令外官。

日本史上で、「忠臣」に就いたのは、藤原北家出身の藤原魚名しか存在しない。

藤原魚名(721~783)奈良時代。藤原房前の子。

忠臣の年表

<宝亀9(778)年>
3月3日、藤原魚名、「内臣」に任命される。

大納言からの昇進で、近衛大将と大宰帥は引き続き兼任した。

3月30日、藤原魚名、「忠臣」に任命される。

近衛大将と大宰帥は引き続き兼任した。

<宝亀10(779)年>
正月1日、藤原魚名、「内大臣」に任命される。

近衛大将と大宰帥は引き続き兼任した。

何故、日本史上で藤原魚名のみが「忠臣」なのか?

藤原魚名(藤原北家)が内臣に任命された当時、朝堂の実力者は藤原百川(藤原式家)であった。

この百川の「参議」との兼ね合いで、内臣との区別や職権等が曖昧で事実上の名誉職とも呼べる新職「忠臣」に変更されたとする説がある。