仏教伝来についての小ネタ
【時代】 | 古代 |
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仏教が伝来した年を巡る謎
日本に仏教が伝来したのは、『日本書紀』によると欽明天皇13(552)年のこととされる。
しかし、広く一般には、仏教伝来の年は、『元興寺縁起』や『上宮聖徳法王帝説』等の記述に沿う形で、「西暦538年」のこととされている。
ところが興味深いことに、この「西暦538年」説では、仏教伝来の年を西暦で表記しても、日本の元号では、ほとんど表記されない。
その根拠となる『元興寺縁起』や『上宮聖徳法王帝説』には、しっかりと元号が書かれているにも関わらずである。
それは何故か?
『元興寺縁起』や『上宮聖徳法王帝説』では、仏教伝来の年を、はっきりと「欽明天皇7年戊午」と明記しているからである。
この「欽明天皇7年戊午」と言う年号が大問題なのである。
欽明天皇7年戊午とは
実は『元興寺縁起』が記す「欽明天皇7年戊午」の「戊午」は、『日本書紀』では「宣化天皇3年」に当たる。
『元興寺縁起』や『上宮聖徳法王帝説』が記す年号に従うと、継体天皇崩御後、安閑天皇と宣化天皇の即位が見られず、すぐに欽明天皇が即位したことになる。
即ち「西暦538年」説を推し通して行くと、継体天皇後、安閑天皇・宣化天皇朝と欽明天皇朝の「二朝併立」論まで行き当たってしまうと言う大問題が発生してしまう。
大和朝廷に仏教が伝えられた時期は、欽明天皇朝であることは揺るがないものの、実は、その陰には、別の大きな謎も秘められているのである。